園長便り2023-09

「がまんして待てる力」

園長:中村貫太郎

「だれのためにがまん?」という東京大学の針生教授による興味深いコラムがありましたのでご紹介いたします。

 

マシュマロテストをご存じでしょうか。検査者は、幼児の前にマシュマロを一つ置き、次の様に言います。「これから私は別の部屋で仕事してこなくてはならないの。その間にこのマシュマロが食べたくなったら、ベルを鳴らして私を呼んでね。そうして私が戻ってきたら、このマシュマロを食べていいですよ。でもね、もし私が戻ってくるまでベルを鳴らさずに待っていることができたら、マシュマロはもう一つ、つまり合わせて二つあげますよ」こうしてマシュマロとともに部屋に残された幼児は、検査者が戻ってくるまで待っていられるのか、それとも、待ちきれずにベルを鳴らしてしまうのか。それを見れば、子どもの「がまんして待てる力」が分かるというわけです。

その後、このテストの開発者であるミシェル博士が、テストを幼児期に受けた人たちを追跡したところ、幼児期にマシュマロテストで待つことのできた子どもたちは、その後も学校ではよりよい成績をあげ、社会に出たあとも他の人とよりうまくやっていました。どうやら子ども時代の「がまんして待てる力」は、その後の人生の成功につながっているようです。

そのころ、別の研究グループは、幼児期に教育的介入を受けた子どもたちのその後を追跡して、人生の成功を導くのはIQ(知能)ではなく、それ以外の何かであることに気づきました。もう少し詳しく述べますと、介入教育の対象となった貧困家庭の子どもたちは、幼児期に2年間プリスクールに通って手厚い教育を受け、親たちも週に一度の家庭訪問と月に一度のグループワークで子育てについて指導を受けました。こうしてすぐに子どもたちのIQは上がったのですが、その効果は長続きしませんでした。一旦上がった子どもたちのIQは、この教育的介入が終わって数年もすると、そのような介入を受けなかった子どもたちと変らないレベルにまで下がってしまったのです。

もっとも、この子どもたちをさらに追跡していくと、幼児期に介入教育を受けた子どもたちは介入教育を受けなかった子どもたちにくらべて、高校を卒業する率が高く、犯罪をおかして逮捕される率も低く、40代になったときの収入や持ち家率も高くなっていました。IQの効果はあっという間に消えてしまったわけですからこれらの成功を導いたのはIQではありません。おそらく、介入教育の中で生まれた“IQ以外の何か”が効いているのですが、その“IQ以外の何か”とはいったい何なのでしょう?となっていたところでマシュマロテストの知見は、「がまんして待てる力」がその有力な候補であることを教えてくれました。(中略)

実際のテストでは、子どもはまず何種類ものお菓子の中から自分が1番好きなものを選び、それがご褒美として使われました。つまりこのテストが測定していたのは、ただ「がまんして待てる力」ではなく、「自分が選んだ目標のためにがまんして待てる力」だったのです。がまんだけの人生はきっとつまりません。がまんは、自分が心から実現したいと思える目標とセットになって初めて私たちの人生を豊かにしてくれるものです。子どもたちががまんについて学ぶのもそのような場面であって欲しいと思います。

私幼時報9月号より引用