園長便り

「いただきます」の心

園長:村沢秀和

食肉加工センターで牛の解体の仕事をしているある男性が、一日の仕事を終えて事務所で休んでいると、一台のトラックが門をくぐってやってきました。

荷台には、明日殺される予定の牛が積まれていました。男性は、「明日の牛か…」と思って見ていると、トラックの助手席から十歳くらいの女の子が飛び降りてきました。そして、そのままトラックの荷台に上がっていき、「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ…。みいちゃんが肉にならんとお正月が来ないって、じいちゃんが言うの。みいちゃんを売らないと、みんなが暮らせないの。ごめんねぇ。みいちゃん…」と、そう言いながら、一生懸命に牛のお腹をさすっているのでした。

男性は「見なきゃよかった」と思いました。すると、トラックの運転席から女の子のおじいちゃんが降りてきて、「この牛は、孫と一緒に育ちました。だから、ずっとうちに置いとくつもりでした。でも、売らないと、この子にお年玉も、クリスマスプレゼントも買ってやることができないのです。明日は、どうぞ、よろしくお願いします」と言うのでした。

牛舎に入ると、みいちゃんは、他の牛がするように角を下げて、威嚇するようなポーズをとりました。男性は迷いましたが、そっと手を出すと、最初は威嚇していたみいちゃんも、しだいに男性の手をくんくんと嗅ぐようになりました。男性が「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんと、みんなが困るんだ。ごめんよう…」と言うと、みいちゃんは男性に首をこすり付けてきました。

牛を殺し解体する、その時が来ました。男性は、「じっとしとけよ、みいちゃん」と言うと、みいちゃんは、少しも動きませんでした。その時、みいちゃんの大きな目から涙がこぼれ落ちてきました。男性は、牛が泣くのを初めて見ました。そして、ピストルのような道具を頭に当てると、みいちゃんは崩れるように倒れ、少しも動くことはありませんでした。

次の日、おじいちゃんが食肉加工センターにやって来て、男性にしみじみとこう言いました。「昨日はありがとうございました。肉を少しもらって帰って、みんなで食べました。孫は泣いて食べませんでしたが、『みいちゃんのおかげでみんなが暮らせるんだぞ。食べてやれ。ありがとうと言って食べてやれ』って言うたら、孫は泣きながら、『みいちゃんいただきます。おいしかぁ、おいしかぁ。』て言って食べました。ありがとうございました」と。

 

 

食事の前に「いただきます」と言うのは日本独特の習慣だそうです。なぜ「いただきます」と言うのでしょうか。それは命をいただくからです。私たちは命をいただいて生きているのです。この「いただきます」の心を、子ども達にきちんと教えていくことは大切なことではないでしょうか。