園長便り

無くてはならない大切なもの

園長:村沢秀和

冒険家の故植村直己さんは、日本人で初めてエベレスト登頂に成功した人として知られています。それは1970年のことでした。そのときのことですが、どうしても何か装備を捨てて、身を軽くしなければ下山できない状況になりました。このまま何も捨てずに下山すれば、命そのものが危うくなる可能性がありました。植村さんと一緒に登頂したメンバーの一人は、頂上で取った記念の石を捨てようとしました。おそらく、その石が重く、かさばっていたのでしょう。ところが、その様子を見ていた植村さんは、石は持って帰り、代わりに今使っているカメラを捨てるように言いました。カメラといっても、16ミリの高価な映画用カメラです。植村さんは「カメラは日本に帰ればまた買うことができる。しかし、頂上にあったこの石を捨てれば、もう二度と手にすることはできないだろう。残念だけどカメラを捨てよう」と言ったのでした。高額なカメラとただの石です。常識的に考えれば捨てるのは石のほうでしょう。でも、その石はエベレストの頂上にあったものですから、再び手にすることはカメラを再び購入するよりも遥かに難しいものです。結局そのメンバーはカメラを捨てて、下山に成功したのでした。

二つは取れない。どちらか一つしか取れないとしたら、あなたは何を取り、何を捨てるでしょうか。人生というのは、ある意味こうした選択の連続です。もちろん、状況によってそれは異なると言われるかもしれません。しかし、植村さんたちのような、エベレストからの下山におけるカメラか石かというような選択ではないにしても、日々の小さな選択の積み重ねが、実はわたしたちの人生を導き、わたしたち自身を形作っていくのです。本当に価値があるもの、何にも代えがたいもの、そして、いつまでも残るもの、そのようなものをいつも選び取る人生でありたいものです。

聖書の物語の中に、イエス様がマルタという女性に次のように語られた言葉が書かれてあります。「マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思い煩っている。しかし、なくてはならないものはそう多くはない。いや一つだけである」と。

確かに、あれもこれも大切、失いたくないと思うと、思い煩うことが多くなるものです。無くてならないものは一つだけであるとイエス様は言われましたが、あなたにとって本当に無くてはならないものとは何でしょう。それを日々選び取っているでしょうか。繰り返しになりますが、あなたの選択があなたの人生を作り上げていくのです。