園長便り2023-10

 「文学の科学的分析」 

園長:中村貫太郎

 

少し昔の事ですが、TBSテレビの安住紳一郎アナウンサーが、母校で特別授業をした様子がテレビで放映されていました。授業の中では太宰治が執筆した名作「走れメロス」が題材として取り上げられており、「状況を説明するのが大変に上手い」ということを述べた上で次の様な話が始まります。

「例えば後半、メロスがラストスパートをかけますよね。ラストスパートをかけた時の描写、これはね、さすがだと思いますよ。

ものすごく速く走るという表現、日本語を使って皆も考えてみましょうって言うと、『ものすごく速く走る』とか、『目にもとまらぬ速さで走った』『足の動きが見えない位の素早い動き』とか、それくらいですけれども、ラストスパートをかけた時のメロスの描写、比喩、直喩、暗喩、何をかけていますか? 

『少しずつ沈みゆく太陽の、10倍も速く走った』これは考えようとしたって、博報堂のコピーライターでも考えられませんよ!

 

太陽の10倍のスピードってどのくらいなのか? 

これ、真面目に研究した先生がいるんですけど知っていますか?

柳田理科雄先生っていう人なんですけども、太陽のスピードというのは、太陽は動いていないとコペルニクス先生が言っていますから、当然地球の自転のスピードですね。

これは時速1300kmです。時速1300kmの10倍で走ったってことは、メロスの走った速度はいくつですか?

ずばりこれ計算しました。マッハ11! 。走れメロスはマッハ11で王の所まで走ったという。

マッハ11ってどれ位のスピードかというと、新幹線のぞみ号の44倍。

100m世界で1番速く走る人は誰ですか? ウサイン・ボルト氏9秒69(放送当時)で走ります。メロスは何秒で走ると思いますか? なんとメロスは100mを0秒02で走ります。驚き! 

マッハ11でメロスが走った場合、速いというだけではありません。マッハ11で物はそこを移動すると衝撃波が出ますね。メロスの場合、半径2kmことごとくガラスが割れます。結論、走るなメロス。」(学生一同笑い・拍手)

 

この後、安住アナウンサーも語っていますが、科学的な分析を元にすると、とんでもないスピードで走ったという無茶苦茶な話になります。

ですが文学小説、物語として読むとき、この表現は速く走ったという事だけでなく、太陽が沈んだら身代わりになっている親友が殺されてしまうというタイムリミットの存在や、どうにかしてそれだけは回避しなくてはいけないというメロスの強い意志や必死な気持ちが強調され伝わってきます。

言葉や文章による伝達は、一部分の事象を取り上げて分析して理解しようとするのではなく、発言者や執筆者がどのような観点や文脈から何を伝えようとしているのかを理解することがポイントになるのではないでしょうか。

同様に子どもたちの発言に関しても、一部だけを切り取って大人の観点や価値観で理解しようとするのではなく、どのような体験や状況からどんな思いを伝えようとしているのか、その背景を理解しようとする姿勢が、私たち大人にも求められています。