園長便り

 ママを産んでくれてありがとう

園長:村沢秀和

 Aさんが4歳のとき、両親が離婚しました。父親の祖父母と同居していたこともあり、Aさんは父親が引き取ることになりました。母親は家を出て行く時、「おばあちゃんちに行かなきゃいけないの」とそう言って出て行きました。4歳のAさんが「いつ帰ってくるの?」と聞くと困った顔をして少し黙り「日曜日かな?」と答えました。疑いもせずにAさんは笑顔で手を振って送り出しました。日曜日がいつかも知らずに・・・。

それから、祖母に日曜日がいつかを聞いては、玄関で待つ日々が続きました。ある日、夕食の母親以外全員揃っている席で、「あのね、ママが帰ってくる日曜日っていつだか知ってる?」と尋ねました。すると、食卓が凍り付いたようになり、それまでの笑顔が全く消えて、みなが押し黙って目を伏せるのがわかりました。祖母は、「私、うっかり聞くのを忘れちゃったのよー」と笑いかけましたが、誰1人笑ってはいませんでした。

その日からAさんは母親の話をしなくなりました。それから、30年が経ち、結婚式にも呼びませんでした。今では1歳の娘と5歳の息子がいます。そんなある日のことでした。5歳の息子が「ねぇ、妹と僕を産んだのはお母さんだよね?」と尋ねてきました。そして、こう続けたのです。「パパを産んだのは、ばぁばだよね? じゃあ、ママを産んだのは誰?」と。Aさんは、一瞬言葉に詰まりましたが、「おばあちゃんよ、でもどこにいるかわかんないから会えないのよ」と答えました。すると、息子は「僕会いたいなぁ」と言うのです。「どうして?」とAさんが尋ねると、思いもよらない言葉が返ってきたのです。

「ママを産んでくれてありがとうって言わなきゃ!」。

Aさんは、この息子の言葉に絶句し、涙が止りませんでした。育てられないなら産まなきゃいいのにと何度思ったことでしょう。母親を否定することで、自分自身をも価値のない人間なのだと否定してきました。しかし、この我が子の言葉に目覚めさせられたのです。母親のおかげで今の自分がいて、子どもたちにも会えたのです。人生には辛いこともたくさんあります。でも、辛いことばかりではないのです。

「ママを産んでくれてありがとう」。この言葉は、すべての子どもたちに共通する思いでありましょう。もちろん、パパに対しても同様です。