園長便り

思い出

村沢秀和

「つみきのいえ」という短編アニメがあります。アメリカのアカデミー賞の短編アニメ部門において賞を取った作品です。簡単に内容をご紹介しましょう。

一人の老人が海面が上昇し水没してしまった街に残り、まるで「積木」を積んだかのような家に暮らしていました。老人は海面が上昇するたびに、上へ上へと家を建て増しすることで難をしのぎながら暮らしていました。

ある日、老人はお気に入りのパイプを海中へと落としてしまいます。パイプを拾うために彼はダイビングスーツを着込んで海の中へと潜っていきます。一つ下の家、さらにその下の家へともぐっていく内に、老人はかつて一緒に暮らしていた家族との思い出を回想していきます。おばあさんが息を引き取ったとき、最後まで看病した家、娘家族と仲良く暮らしていたときの家、孫が生まれたときの家、下にいくたびに、過去の懐かしい家族との思い出がよみがえってきます。そして、一番下まできたとき、まだ、海の水もなく、外は青々と緑がしげり、結婚する前の若かりし自分とおばあさんの楽しかった日々、そして淡い新婚時代を思い出します。しかし、これら全て

の思い出は、海の水と一緒に沈んでしまい、今はもう何もありません。娘家族は、水の無いところに引っ越してしまったのでしょう。そして、おばあさんは死んでしまいました。現実の世界に引き戻された老人は、部屋にもどり、いなくなったおばあさんの分のワインも一緒にそそぎ、ひとりで食事をするシーンで終わります。

このアニメを見た一人の小さな女の子が、「おじいさんはパイプと一緒に思い出も落っことしたんだね。思い出も拾いにいったんだね」と言っていました。確かにそうかもしれないですね。でも、過去を思い出すって、懐かしさ半分、寂しさ半分だなあと思います。過去は過ぎ去ったときであり、もう元には戻れないからです。若さもそうですし、懐かしい人たちもそうです。良い思い出というのは、たいていそこには大切な誰かがいるものです。優しい母親がいるかもしれません。馬鹿騒ぎした懐かしい友人たちがいるかもしれません。小さかった頃の子どもたちが、にぎやかに騒いでいるかもしれません。そこには暖かなぬくもりがあるのです。人と人との暖かな関係があるのです。そして、この関係に支えられながら、人は生きてきたのです。思い出がときにちょっと切なくさせるのは、その大切な関係が、いまもなお同じようには存在していないからかもしれません。

時間は止まることなく、どんどん過ぎていきます。過去というのは今の積み重ねです。だから、思い出を大切にしながらも今を見つめ、今を精一杯生きることが大切です。今を精一杯いきるとき、たくさんの暖かな思い出が後に残ります。そして同時に、未来への扉が開かれていくのです。